いつも作業服を着て仕事に向かっていた父

 私の作業服に対するイメージは、父のイメージが強いです。今はもう定年退職して違う仕事をしているのですが、父は何十年も工場の作業員をしていました。私が子どもの頃に朝起きて学校へ行く用意をしている時、すでに父も起床していて仕事へ行く準備をしていました。仕事へ行く日は、もちろん私服ではありません。

青と緑の中間の色の服を身にまとい、とてもピシッとした様子で出社前の準備をしていました。

 子どもの頃はそれが当たり前の光景だったので特に感慨深かったわけではありませんが、今になってみれば父の姿は仕事へ向かう前の気合に満ちあふれていました。それは父によく似合っていた作業服が、仕事に気持ちを切り替えるスイッチだったからに違いありません。大人になってみてからわかることですが、仕事をする時の服装はとても重要です。真剣に仕事をするのなら、その心意気に相応しい服装でないと気合が入りません。父にとっての作業服とはまさにその役割を果たしており、辛い仕事を乗り切るために必要不可欠だったと思います。

 その反対に仕事が終わって家に帰宅した時は、作業服を真っ先に脱いでくつろいでいました。それには「仕事モードは終わり」という意味があったはずです。作業服は、人の気持ちを大きく左右する服だと私は思います。